「塩大福」


 吉原の廓内には、女郎屋や引手茶屋など以外にも普通の店がある。女郎屋に料理を届ける仕出屋や普通の魚屋、八百屋、雑貨屋小間物屋に菓子屋。勿論医者や銭湯などもあった。

「元親殿!!」
「おー幸村」

 軽く片手を挙げて挨拶したのは魚屋「秦(うずまき)屋」の主人、元親だ。
 以前幸村がお使いに行った時に意気投合したらしい。それから時々最上屋に遊びに来るようになった。確かに、兄貴肌な元親は幸村が慕いそうなタイプである。元親のほうも幸村を弟のように可愛がっていた。実際兄弟のような二人である。

「今暇か?」
「暇で御座るよ」
「じゃあ付き合え」
「おい、ちょい待て」

 いつものたまり場である。たまり場の馴染みとなってしまった元親は遊女達にも挨拶している。一方幸村は佐助を相手に将棋を指していた。政宗はそれを横から遊女達と共に観戦していた。
 ちなみに幸村は花札は弱いが、碁や将棋は強い。運がないだけのようだ。

「何で御座るか、政宗殿」
「俺さっき使い頼んだろ」
「………………」

 幸村は気まずそうな顔で政宗から視線をそらした。

「忘れてたのか」
「そ、そういうわけでは……」
「旦那、明らかに忘れてる反応ですよソレ」

 盤上は膠着状態である。この対局が終ったらお使いに行く、という約束だった。

「んだよ、お前用事あるのか?」
「で、でもすぐ終わります!!」
「そうなのか?」

 元親は政宗のほうを見た。政宗は頷く。

「沢潟(おもだか)屋だからな。そんな遠くねぇ」

 お使いとは、菓子屋に客用の菓子と自分が食べる分の菓子を買って来い、というもの。沢潟屋は最上屋からは歩いて五軒の距離だ。そんな、どころかとっても近い。

 何だ、と元親は笑った。

「俺もそこに連れて行こうと思ったんだよ」
「あら、どうしてでありんすか?」
「今日なんだか知らねえが、新しい菓子を出すってんでな。幸村甘いもの好きだろ」

 遊女達はくすくすと笑って政宗を見る。政宗は眉を顰めた。
 所詮考えていることは一緒らしい。どうにも、幸村を甘やかしてしまうのは元親も一緒のようだ。たぶん、政宗の意図は幸村に伝わってはいないのだろうが。

「あーあ、大将も大変だねえ」

 佐助もひとしきり笑うと、組んだ手に顎を乗せる。

「どうです旦那、もうこっちは千日手だし、菓子屋行ってきちまえば?」
「おお、そうだな。……そうだ、政宗殿も一緒にどうだ?」
「ハァ?俺は――……」

 忙しいから使いを頼むのだ。政宗が行っては何の意味もない。だが、一緒に行かなければ、と思っていたのも事実。
 吉原の中ならまだ幸村は安全である。吉原の外に出せないのでせめて吉原の中くらいは自由に、と政宗は役所と他の妓楼や店に話を通し、彼の周囲の監視を頼んでいる。まあ、幸村には佐助が常に付き添っていたが。それでも周りを囲むのが多いほうがいいだろう。

「何だよ、一緒に来ればいいじゃねえか」
「行ってきてはどうでありんしょうか。お店の支度はわっち達がやりんすによりて」

 決まりである。
 後の事は遣手と番頭新造に任せて、四人は沢潟屋に向かった。





「何だ、ぞろぞろと」

 新しい菓子の売り始め、と言うことで普段表に出てこない店主が店頭で売っていた。今まで通りすがりの人間に完璧な笑顔を浮かべていた顔が、幸村達を見つけた瞬間不機嫌そうに歪む。

「来ちゃ悪いかよ」
「おお、旨そうですな!!元就殿が作ったのですか?」

 ただその顔も幸村を見ると少し柔らかくなった。
 同じ甘党として、何か感じるものがあるらしい。そりゃあ政宗も佐助も元親も、甘いものより酒が好きだ。元就の作る菓子を嬉々として食べるのは幸村一人である。

「うわ俺達完璧無視されてね?」
「いいんじゃねーの」
「元親の旦那、「達」って何。俺一緒にしないでよー、傷ついちゃう」

 勿論、元就は外野なんぞ無視である。横にあった新作らしい餅菓子を幸村に手渡した。

「やろう。代はいらぬ」
「ほ、本当で御座るか!!」
「ああ」

 食べてみろ、の言葉につられ、幸村はそれを口にした。控えめな甘さが美味しい塩大福だ。塩気のおかげで引き立てられる餡子と餅自体の甘味が絶品である。

「旨い!!さすが元就殿である」
「そうか、良かった」

 余談だが、顔がいい男が五人もたむろって居るため沢潟屋は現在女性(ところにより男性)の人だかりができている。佐助と元親はにこにこと話しかけてきた女性に対応しているが、政宗はぼーっとしていた。
 とりあえずここに来た用を達さなければならない。

「元就」
「何だ」
「甘露梅(かんろばい)あるか?」

 そこで元就は少し驚いて政宗に視線をやった。
 甘露梅は大体どこの女郎屋でも自分達で作っている。だからわざわざ菓子屋に買いに来るはずが無いのだ。

「作っていないのか」
「まあな、アレは相当無駄だから作らねえ事にしたんだ」
「賢明だが……ああ、一つの女郎屋分くらいならあるだろう」
「うちの客の量を舐めるな」
「舐めていない。お前のところの遊女の数の五倍は軽くある」

 それなら事足りる。

 値段の交渉などをし、良く考えれば幸村ではこれは無理だったかと思って自分で出向いてよかったと安堵する。だが幸村ならもっと安く買えたかもしれない。元就も幸村には甘いので。
 まあいいか、と政宗はとんとんくらいで買うことにした。
 甘露梅は吉原ではお年玉の代わりに使われる。遊女達も総動員して作るのだが、結構無駄が多いのだ。人手も足りないので、今年からはやめることにしたのだ。

 これも幸村の進言である。
 本当に自分が変わった事を政宗は実感した。

「それじゃあ支払いは後でな」
「ああ、正月までには届けさせよう」

 元親と幸村は二人で塩大福を食べている。そんなに甘くないらしく、元親は驚いているようだった。佐助は元就からきちんと買っていた。





「元就殿は優しいな!」
「お前にだけだろ」

 佐助が買ってきた塩大福を食べながら、幸村は政宗と将棋を指している。
 中々手強く、さっきのように千日手になりそうだ。

「政宗殿も食べるで御座るか?」
「いらねえ」

 本当は、他人が作ったものを美味しそうに食べている幸村が気に食わなかっただけなのだが。元就の作る菓子は美味しいだろうが、なんとも言えず気分が悪くなる。
 自分の情けなさに少し腹が立った。粋を気取っている割に余裕が無い。

 ああ、と沈むが、前に居る想い人は全然解っていなかった。

「某の勝ちであるな!」
「何でだよ」
「?降参であろう」
「あーー。もうそれでいい」

 なんだってこんな鈍感に惚れたんだろうか。余裕がないから更に憎い。悪気がないから憎むに憎めない。
 政宗の葛藤など露知らず。幸村は無邪気に勝利を喜んでいた。甘いことは甘いが、控えめな片思いで、と政宗は頭を抱えた。




 

筆頭ヘタレだなあ……。