「鴛恋歌」


 最上屋は大見世である。抱えている遊女達はどれも高級で並みの客には手が出せない。必然的に客は大店の主人やらどっかの大名やらになるのだが、お忍びできている位の高い僧もまた、いい客である。
 僧達は登楼る(あがる)のを許されていないのだがそこはそれ、僧以外にも坊主頭は多い時代である。医者等に変装して登楼る者は絶えなかった。本当に医者なのか僧侶なのか判別できないことも多いだろう。

「おい見世始まンぞ!呼び出しかかってるだろさっさ行け!!」 「Yeah!!!!」

 なんだかなあなテンションで全員が歓声を上げた。こういうノリが最上屋の味であったりもする。妓楼中の人間を総動員し、呼び出しのかかっている花魁達を引手茶屋に送り出す。直接登楼ってくる客を待つ遊女達は自分の部屋へと戻っていった。
 そんな中、一人の遊女がいつもの溜まり場に座り込んだままだ。

「どうなされた?」

 幸村はその金髪が美しい遊女へ近付く。彼女はあまりこの場所に来ることはなかった。

 集団で生活していれば一人はそういう人間が居る。つまり、彼女がここに来ているということは、何らかの異変が起きたのと同義である。
 その遊女、名前はかすがと言う。

「どうも……しない」
「でも、今日は馴染みの方が来るのであろう?」

 持ち前の人懐こさで幸村は付き合い辛いかすがとも親交があった。昨日、明日は地色(いろ)が来るのだと、喜んでいたのも知っている。

 幸村の言葉に、かすがはうっとりと視線を遠くにやる。

「ああ、あのお方が……来るのだが」

 そのまましゅん、と萎れてしまった。

「体の、具合が悪くて……お相手できないかもしれないんだ」
「かすが殿……」

 幸村も一緒にうなだれた。だが、何か自分でも助けになれるかもしれない。それに少し他人と話すだけでも元気になれるだろうと、幸村はかすがに話しかけた。

「どこがどう悪いので御座るか?」 「あのお方の事を考えると、胸がどきどきして呼吸がし辛い……。しかもなんだか熱まで出るんだ」
「それは大変で御座る!!どうすればよいだろうか?」





 その時政宗は少しだけぼんやりしていた。忙しい仕事だが、この瞬間だけは暇と言うか時間ができる。今日は構ってと幸村も来ないので、少し安心していた。
 つまり、まだ溜まり場に居たことが凶と出たのだ。

「政宗殿ぉぉぉ!!!」
「うをあっ……」

 幸村の渾身の体当たりを食らい、政宗はちょっとかなり相当実は結構ダメージを受けた。それをなんとか押し殺し、腰に張り付いている幸村を引っぺがす。

「何だよ!」
「かすが殿が、かすが殿が」
「おい待て落ち着け」

 奥を見れば、なにやら沈んだ様子のかすががいた。

「どうしたんだ?」
「なにやら体の具合が悪いとのことだ」

 それは困る。かすがは結構な稼ぎの遊女で、身請けの話もだいぶ来ている。今日、身請けする相手から話があるはずなのだが出れないのでは話にならない。それ以前の問題になってしまう。

「どう具合が悪いんだ?」
「今日来られる馴染みの方の事を考えると、動悸に息切れ、発熱が……」

 政宗は思わず額に手をあてていた。
 それを本気で悩むかすがと幸村に眩暈がする。要はかすがに幸村を通じて惚気られているのだ。

「恋煩いだぞ明らかに」

 幸村は一瞬へ?と呆気に取られたが、すぐに破顔一笑した。

「つまりかすが殿のお体はなんともないということか!」
「当たり前だ」

 多分そのお相手は、医者だか僧侶だかはっきりしない、いやそもそも男か女かすらはっきりしない客だろう。上客である。そして今日、かすがを請け出そうとしている人だ。
 やってらんない、政宗は頭を振った。幸村はかすがに心配ないと告げている、らしい。

「かすが殿、恋煩いだそうだ!」
「そ、それはつまり、あの方が好きで仕方ないのが私の体にも出ているということか!?」
「そうで御座るよ、きっと!」

 何で嬉しそうなんだろうか。

「そうか、でも……こんな私で大丈夫だろうか……」
「大丈夫で御座る!ほら、初恋はれもんどろっぷすの味だというではないか!」

 政宗は思わずこけた。確かにどういう流れでそういう発言になるのか不明だ。元気付けているのだろうというのは想像できるが、脈絡がない。

「そう、そうだよな!れもんどろっぷすだもんな!」

 何でそれで元気付けられるんだ。
 政宗はなんか色々な事がどうでもよくなってしまったようだ。





「かすが殿は大丈夫か?」
「平気だろ。……ところで幸村」
「何で御座るか?」
「どこでレモンドロップスなんて単語覚えてきたんだ?」

 幸村は顎に手をやると唸った。

「覚えておらぬ……ああ、誰やらが初恋の味と申していたのだが」

 多分それは。

「で、アンタレモンドロップス食ったことあンのか?」
「いや、ない。一度食してみたいのだがな」

 そういった幸村は、手をポン、と叩くと政宗に向かい合った。

「Wut?」
「政宗殿を舐めればよいのだな」
「……わからねェ」

 あーあ、と呟くと俺は。

「いー加減にしてよ旦那も大将も。みんなこっちが気になって仕事にならないってよ?」

 そう、この二人は鈍いのか何なのか気付いていないのだろうが、さっきから色んな場所から覗いている視線を感じていたのだ。俺としても目の前でいちゃいちゃされるのはなんていうかこう、気に障る。

 政宗は顔を真っ青に、幸村は顔を真っ赤に。ああ、それぞれのイメージカラーでいいんじゃなーい?

「仕事しやがれェェェェェーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
「佐助、気付いていたなら報告しろ!!」

 襖を開けて怒鳴り込んでいく政宗を呆然と見送った幸村は、俺に矛先を向けてきた。
 この二人には一生言えないだろう。最近この二人の出歯亀が、最上屋の売りだなんて。




 

佐助さんは我関せずの人。