※Chesedの続きです。

「ディレッタントの恋人」


「離せ」
「厭だ」

 幸村は諦めて体の力を抜いた。後ろから自分を羽交い絞めにしている男は、嬉しそうに腕に力を入れる。

 朝っぱらからなんで布団の上で男に抱きしめられなきゃならないんだろうか。それに今日は新年二日目。もっとまったりしていたい、と思うのは自然な流れだろう。
 幸村が政宗の城で目を覚ましてから実に半年が過ぎようとしていた。それ以来、行く当ても特になかった幸村は政宗の所で生活していた。いや、幸村は何かにつけ出て行こうとしていたのだが必ず政宗が引き止めるのだ。

 おかげで幸村は政宗の部屋で生活することを余儀なくされている。

「今年こそ城下でもどこでも構わぬ、一人で生活するから……」
「厭だ」
「……俺が厭だ」
「何でだよ」

 言いたいことは色々ある。そもそも政宗は幸村用の布団すら用意してくれない。勿論枕もない。ていうか、まるで子供のように自分を抱きしめて寝るのだ。
 率直に言って恥ずかしい。既に元服を済ませた身、ましてや女でもない。
 大体抱き締めたとしてもさして面白くもない薄い体つきなのだ。

 昨日は一日、遊んで過ごした。伊達家の新年の恒例行事とやらにもつき合わされ、やったこともない連歌なぞもやらされてくたくただ。「素朴でよい」なんて誉め言葉は誉められたほうにとっては恥にしかならない。それでも伊達家の家中の人間は優しく「政宗の義弟」として幸村を見守っている。

 本当は義弟、なんて間柄じゃないのだがそれを知ってるのは政宗の腹心だけである、あと幸村付きの女中とか。
 声とか絶対洩れているはずなのだ。何で気付かないのか不思議なくらいで、きっとそれは政宗のやることに一切疑問を持たない家臣達のおかげなのだろう。

「……恥ずかしい」
「あぁ?」
「恥ずかしい、と言っている!!」

 幸村は政宗が自分を拾った経緯を知らない。長篠で武田が織田に潰されてから一年半が過ぎている。その約一年の記憶が幸村にはないのだ。
 迷惑をかけているのだからこれ以上重ねることは出来なかった。

「、ッ!!んむっ……」

 顎を掴まれ、無理矢理顔を後ろに向けられる。するりと舌を差し込まれ口の中を蹂躙される。
 政宗はくちくちとわざと音を立てて舌を動かしていた。それでも自動的に応えてしまう自分がいて、幸村は恥ずかしくて目を閉じてしまう。

「ふぁっ……はぁっ、んっ」

 一度唇が離れるがすぐまた合わさる。だが今度は啄むような、簡単なキスだ。その間に段々と、体を政宗の方に向けさせられる。幸村の息がすっかり熱くなる頃には二人は向かい合っていた。

「朝……だぞ」
「休みだからな」
「……バカか」

 すっかり腕力の衰えてしまった(※幸村比)腕で政宗を押し留めるも、相手は口角を上げてまた唇を合わせてくる。その唇が運んでくる甘い快楽は、幸村の意識を簡単に攫った。
 情けない、と幸村は思う。昔の自分なら、二、三発殴って逃げ出すことさえあったのに。一体一年の間に何があったのだろう。

 幸村の体はこの後の行為を待っている。すでに身を起してその質量を増やしていた。かつ、なんとも言えない疼きが後から湧き上がってきてもいた。

「――相変わらず、感度がいいな」

 政宗はそんな幸村の反応を見ていつも哀しそうな顔をした。

 多分その顔は、幸村の覚えていない一年間を見てきたから、だと思っているが幸村はそれを面と向かっては訊ねられなかった。多分訊ねれば政宗を哀しくさせると解っていたからだ。
 政宗と体を繋げるのは嫌いではない。自分のことを愛してくれているのも解っているし、あまり認めたくはないが幸村も政宗のことが好きだ。だから、庇護され続けている今の状況は厭なのだ。一人の人間として、同じ目線で歩いていたいのだ。

 他のことなら大抵簡単に許してくれる政宗だが、幸村を一人で生活させることだけは決して許さない。
 それも、空白の一年が関係しているのだろう。

 幸村付きの女中の話によれば、その頃の幸村の世話は政宗か、彼の腹心である景綱しかしていなかったそうだ。他の者は幸村に与えられていた部屋に入ることすら、いやその部屋の周囲五十歩の距離に近づくことさえ許されていなかったと言う。初めは狂人を囲ったと、奥ではもっぱらの噂だったらしい。
 あながち間違いではなかったのではないかと幸村は感じていた。

「厭……だ、なぜっ……いつもぅっ!」
「俺の躾の成果だろ」
「嘘、を言え!」

 こんなことを躾けられた覚えがそもそもない。それに哀しそうな顔をして言うことではなかった。
 政宗は幸村を布団の上に押し倒す。さして抵抗も出来ずに幸村はその力に従った。

 本当は、もう一週間以上政宗に抱かれていない。年末年始の行事に追われ、そんな事をしている暇がなかったのだ。一年の空白の間に、自分の体がおかしくなったことを幸村も自覚していた。
 常に体の奥に火が灯っている。発散できるのは政宗との手合わせか、体を繋げるこの行為だけだ。政宗に依存してしまっているのも解っていたから、離れればそれもまた変わるのではないかと思っていた。

「Kissだけなのにな、もう色んな所が尖ってるぜ?」
「だ、黙れ……」

 思わず顔を手で覆ってしまった。その手を優しく、だが有無を言わせない力で取り除けられると、政宗は額にキスを落とした。緩んでいる涙腺が、ほろりと涙を落とす。

 政宗の手が幸村の茎に触れる。

「あぅんっ!」

 ぴくぴく痙攣しているそれは、触れるだけの刺激にも涙をこぼして反応した。頭を殴られたような快感が、一気に意識を混濁させた。

「ひぅっ、やあぁ……」

 手が無意識の内に動いた。ぷっくりと膨らんだ胸の飾りを自ら弄繰り回す。

「……ッ、幸村?」

 政宗が息を呑む音がした。すぐに政宗は幸村の手を掴み、その手に荒々しくキスをする。そして茎に触れていた手を動かした。
 ものの数秒で幸村は達してしまった。

「も、なぜ、俺は……ッ」

 理性が幾ら反抗しても、本能が更なる快楽を求めている。政宗に掴まれた手を今すぐ自身にあてて快楽を貪りたい。

「幸村……」

 政宗は一つしかない瞳を、哀しそうに伏せていた。

「政宗、教えろ!本当は、どうして、俺は」
「……一回、壊れたんだよ」
「どういう」

 苦笑して政宗は窓の外を見た。雪が反射し、まばゆいばかりだ。

「医師の見立てだと、更に壊れないために一度心を閉ざしたらしい」

 まるでそれが全てを忘れさせてくれるかのように、幸村はひたすら誰か(政宗だけ、ではなくその相手は誰でもいいのだ)の体を求め続けていたのだ、と。政宗は世間話でもするようにそう言った。

「――すまぬ」

 つまり幸村は政宗を一年間利用し続けていたのだ。
 それでも、政宗はそれを許していた。心が覚えていなくても、体の記憶は残る。今幸村の体がおかしいのもそれの残滓なのだ。それは、とても政宗にとって辛いことだろう。

「謝られるためにやったんじゃねえよ。それに役得っつうのもあったからな」

 そんな軽口を叩く政宗の唇を、幸村は自ら塞いだ。傷付けまいと自分を想ってくれるその心が痛い。そして、何より嬉しい。

「今は、違う」
「何がだ?」
「今は、政宗だから、……して欲しい、のだ」

 顔を紅潮させながら、ようやくそれだけ言った。
 政宗が強くキスをする。

「今日は覚悟しろよ」

 笑った顔は獣のようで、普段の彼とは違う。何度も体を合わせたが始めてみるその表情に幸村は恍惚を感じた。
 そして、幸村は歌い始めた。





「政宗」
「何だ?」

 既に空は茜色だ。何度二人は繋がったのか、正確な数は覚えていない。

「せめて、部屋が欲しいのだが」
「…………厭だ」

 すっかり体も場も清め終わり、政宗の布団で幸村はまた政宗の腕の中にいる。

「なぜだ?そのくらいなら構わぬだろう?」
「………………厭だ」
「なーぜーだ」
「……………………」
「では勝手に出て行く」
「な!」

 悪戯っぽく笑った幸村は、布団を撥ねて立ち上がった政宗を見た。

「厭ならば教えろ」
「………………っ」

 頭をガシガシかくと政宗は窓の外を見た。

「寂しいだろ、今までずっと抱き締めて寝てたんだぞ!」

 その一年が与えてくれたものは哀しさだけではない。幸村は政宗の優しさを知ることが出来た。何より大切だとも、思えた。

「では、俺はずっと政宗の枕をしなければならないな」
「上等だ」

 二人は笑い合うと、茜色の光の中唇を、重ねた。






筆頭はヘタレでも輝く男だと思うんだ!