「Chesed」
皮肉なことだ。
白く細い裸体が月明かりの下で淫猥に跳ねた。
散り終わった紅葉の上で二つ、影が睦み合っている。既に晩秋、冬に差しかかろうとする山の気候は厳しいが、二人は寒さも解らない。互いの体の熱を貪欲に上げている。
白樺の枝に立てかけられた得物にはべっとりと血糊がついている。そして幾つもの傷に、折れそうなほどの亀裂。酷く乱暴に扱われたか、手入れする間もなく使い続けられたかのどちらだろう。
「あはぁ……もうぅ、あ、やあ……ん……」
その双槍の持ち主は今、瞳から正気を失していた。
武田信玄、墜つ。その知らせは戦乱の世を駆けるように走り抜けた。緊張的均衡状態を保っていた勢力図は一気に書き換えられ、武田領を狙う諸大名が我先にと殺到した。
勿論政宗もそこにいた。
ただ、諸大名とは狙いが少し違ったが。
父とは比べることの出来ない器量しか持たない勝頼を支える男。張り子の虎と化した武田軍の中で唯一の本物の虎の子を、救うためだった。元々知らない仲ではない。何度か戦場で手を合わせた事も、褥で体を合わせた事もある。
遅かった。幸村の心は、その水晶のような澄み方と強さ故に一突きで壊れてしまったのだ。
「まさむね、どのぉ……んあっ、んぅ、はやくぅ!」
艶美に腰をくねらせて幸村は政宗を誘う。瞳は政宗を見ているような、それではない誰かを見ているような。ただその誘いを撥ねられるほど政宗は強くない。
痛ましさと征服欲のぶつかり合いで動きを止めた政宗を不思議そうに幸村は見つめた。その仕草だけは純粋なままだから困ったものだ。
「はやく、ゆきむらぉ、なか入ってよぉ?」
首を傾げて淫靡に笑った。
居た堪れないと心が叫ぶが、本能はそんな事知るかと政宗の体を突き動かす。今まで挿れていた指を抜くと、無理矢理幸村を抱え上げる。
「なァ、幸村」
「あぁに?」
「……何でもねェ」
幸村は「あはぁ」と無邪気に笑った。
それは本当に無邪気な笑顔で、少し前(といっても、今ではまるで数年前のようだ)に幸村の元へ土産と共に赴いた時に見たような笑顔だった。胸がズキリと痛む。
「もしかして、ゆきむら上乗るのぉ?」
ただその口から漏れる言葉は、その時とはまるで違う。花癲(かてん)や色道狂いとしか思えない言葉達だ。
「はへ……のていい?まさむねどのの上にぃ乗ていい?」
うっとりと呟くその様は、あの紅蓮の鬼とは全く思えない。
黙っていると許可されたと思ったのかいきりたっている政宗の上にゆっくりと腰を下ろしてきた。自ら秘所を手で開き、期待に頬を上気させて。
「んあああっ!!ひぎっ、んおあぁぁ!きちゃた、まさむねどのがぁ奥、おくうぅ!!!」
一気に自分の中に収めると体を硬直させ、天を仰ぎ涎を流して達している。
醜態だ。幸村は生き地獄に堕ちているのだ。それを抱いている政宗は、一体何なのだろうか。
幸村の口を塞ぎ体勢を変えた。唇を舐めあげると嬉しそうに笑う。舌を絡ませればまた達した。その細い体を抱き込んで腰を打ち付ける。
「んはっ、いぃ、もお、もとおぉ!いいのぉっ、奥がぁん、ひ……!!」
何度目かわからない絶頂に幸村が辿り着いた時、政宗はその首筋に手刀を落としていた。
意識を落とした幸村に服を着せ、馬に乗せて政宗はその場から立ち去った。
勿論自領に連れて帰る。このまま放置したら危険で仕方がない。
幸村はきっと政宗に縋る事で精神的なショックを和らげようと必死なのだろう。その結果があの生き地獄なのだ。失ったはずの生の意味を別なものに置き換えている。
果たしてそれが正気に戻った幸村をどのように打ちのめすのだろうか。あるいはこれは天が幸村に遣わした一片の慈悲なのかもしれない。
ふと目を覚ませば見たことのない天井だった。起き上がって隣を見ると政宗が寝ている。
首をかしげる。幸村が持っている一番古い記憶は戦場で戦っているものだ。勝頼を逃がした後の。それ以降の記憶はとんと無い。
「なぜ政宗殿の所に?」
「……ンだァ?起きたのか」
「起こしてしまいましたか」
すみませぬ、と謝ると政宗は酷く吃驚した様子で幸村を見た。しばらく舐めるように上から下まで見つめる。
「……某、政宗殿に何か致しましたか?」
「Bad ass!!」
そしていきなり抱きついてきた。
「ちょ、政宗殿!!」
「アンタ、どこまで覚えてる?」
「それが、勝頼殿をお逃がしした後から覚えておりませぬ」
「……ならいい、思い出すな」
実は幸村が政宗の所に来てから既に一年が過ぎようとしていた。ようやく正気を戻した幸村を政宗は力いっぱい抱きしめる。
皮肉なものである。
構築された世界の瑕は、慈悲によって治されないまま。
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続いてます。
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