「処刑者の鼓動」ダテサナ・SFパラレル


 ブルーメタルの冷えた輝きが、透明な宇宙の闇の中を切り裂いた。衛星にも似た、独自のフォルムである。第五銀河軍の母船だ。
 その艦橋では第五銀河軍の大将が参謀を横に座っていた。

「筆頭! あと少しですぜ」
「オーケイ、野郎ども!」

 威勢のいい声が一斉に上がった。これから戦争へ乱入する。血の気の多い人間ばかりな第五銀河軍は他人の喧嘩に首を突っ込む事が多い、というかそればかりである。おかげでどこの軍にも嫌われていたが、当人たちは喧嘩がしやすいと逆に喜ぶ有様だ。
 勿論、常に戦争を仕掛けているわけではない。政宗たちが勝手に「加勢」するのは大抵理に適っているほうではあるのだが、結局どちらにも被害を与えるのは確実だ。その理を見極められるほど客観的な割に感情に従う彼らは、他の軍にとっては色々と面倒な要素だ。だが潰されないのには理由がある。

「さて、今回は俺も出るからな小十郎」
「……御意に」

 一騎当千と言われるほどの大将、伊達政宗。その外交手腕は誰もが舌を巻いた。そしてまた、彼もDVに選ばれた一人である。
 しかし最近の彼らの動きは、理も何も無視をしたものだった。

「政宗様、くれぐれも深入りなされるな」
「……解ってる」

 苦い顔をした小十郎に諌められた政宗は不貞腐れた顔で答えた。
 今の第五銀河軍は政宗のわがまま……もとい、恋心で動いていた。私用で軍を動かすとはもっての外であるが、普段とやっていることは変わらない。それ以前に、軍が総力を挙げて政宗の恋を応援してしまっているのだ。
 元親などは面と向かって苦情を言うのだが、政宗の反論に腹を抱えて笑い出していた。

「筆頭、あと10分の距離です!」

 その声に片手を上げて答えると、政宗は窓へと向かった。蒼い光に包まれると、そこに姿はない。
 小十郎が額に手をあてる。だが艦橋は歓声に包まれた。宇宙の闇の中に青い光が生まれている。

 Deus Vena、神の血管。ロストテクノロジーの産物とされる、いつからあるのかも知られていない不思議な物体だ。ある日突然搭乗者の目の前に現れ契約する。その力は強く、一騎当千というのも生ぬるい表現だ。
 二十体いるDVはそれぞれ別々の搭乗者を選んでいる。今、軍の大将をしている人間は全てDVの搭乗者でもあ

った。

「行くぜ、ロプト・ローゲ」

 コックピットに収まった政宗は不敵な笑みを浮かべた。
 二十二の追加装甲がコックピットの周りを旋回している。風防が透明なコックピットは球形に近い。球の下半分についたバーニアを噴射させると、政宗は今戦闘が行われている宙域を目指した。



「Killing me softly」ダテサナ・軍事パラレル


「おい護衛、こっちこい」
「な、政宗殿?」
「サシで腹割って話す。人選やなんやかやで情報が欲しい」
 顎で呆れ返っていた護衛を呼ぶと、そのまま向こうに見えるトラックへと連れて行かれた。慌てて補佐官が全軍に指示を出しているのが聞こえる。慌ててはいるが的確な指示に動揺の少ないところを見ると、こういう独断専行は得意技のようだ。予想はついていたが。
 後部座席に乗ると抱き締められた。運転席に護衛官が乗り込む。
「……悪い。本当はあんなことさせるつもりじゃ」
「解っている。政宗の方も代替わりして不安定なのだろう? 俺が跪けばそれだけ力を見せ付けることになる」
「それにアンタのことを護れるしな」
「お二人さん、俺様がいるところじゃもう少し抑えてくんない? 厭になるんだけど」
「うっせえ猿飛」
 運転席の佐助が肩をすくめた。政宗はそれを睨むと、幸村の身体を一層強く抱き締める。
 対立する国家の元首である二人だが、実は同窓なのだ。プライベートでは十数年の付き合いである。まだ字も書けない頃から一緒にいたのだから幼馴染と言っても差し支えはないだろう。
「大体ね、なんで俺様が運転しなきゃいけないわけ? いちゃつきたいからとか言ったら殴るから」
「い、いちゃつくなど」
「それをいちゃつきといわないでなんと言うのさ。ま、数年ぶりの逢瀬の邪魔はしないよ」
 言葉と共におろされたカーテンが運転の振動で揺れた。
「逢いたかった」
 言うが早いか唇を塞がれる。
「政宗」
「逢いたかった」
 恋情が芽生えたのがいつか解らない。先行きは不安定だったが、後悔するよりはと思いを交わした。祖国は対立していたが、その場では祖国など関係なかったからだ。子供の考えと言われても仕方ない。政宗は国家の元首になることを約束されていたし、幸村は一つの旅団を率いるために場に居たのだ。しかしそこは平和だった。自分たちの立場を少しだけ忘れることを許されるくらいには平和だった。
 卒業以来、平和的に逢うことはならなかったが、今日。悲劇的とも無常とも取れる再会である。逢いたくなかったわけではない。だが再会を無邪気に喜べるほど背負ったものは軽くない。
 それでもこうして抱き締められれば嬉しくなるし、懐かしい感触に心が震えた。
「……もう絶対に触れることなんてないと思ってたんだけどな」
「ああ――再会は向こうでと決めていたのに」
 お互いに死して後に、と決めていたそれはあっさりと破られた。喜ぶべきことなのだろう。
 戦場では生きていることが勝利だ。特に、義も何もないただの殺戮しかなかった戦場では勝者に敵も味方もない。単純な生存戦争だ。

 打ち勝ってここにいるのなら、少しだけ。ほんの僅かな間でも彼に触れることは許されるのだろうか。
 自分にしがみついている男の背に幸村は腕を回した。



「完全少年世界」慶幸・現代パラレル


 半兵衛は隣の机に突っ伏している男を嫌そうに見た。今日は半兵衛のショップで使うポスターやフライヤーのデザインの打ち合わせをするために予定をあわせたのだ。
 予定はまだ予定のままである。
「慶次君、いつまでそうやって寝ている気だい? 僕は忙しいんだ」
「だってよー……。あれヤバいって。可愛すぎる。物思いにふける顔とかちょっと俯いてるときとかヤバい。笑顔なんて見ただけでキスしたくなる」
「……犯罪だね」
 先日慶次のところに一人の少年が下宿に来た。半兵衛的には新しい実験台が増えて嬉しい限りなのだが、慶次はその少年に見事というかなんと言うか、とにかく惚れてしまったらしい。それも一目惚れというのだから相当である。
 今日は話題の少年の入学式らしい。
「ああ。犯罪的可愛さだ」
 話が噛み合わない。肩をすくめてカップを取った。このままでは埒があかないため、気が済むまで話させることにした。
「どこに通うんだい」
「B大附属。制服がすげえ似合ってる」
「中々いい頭してるじゃないか」
「そりゃ、なあ。なんか物理だかなんだかの天才らしい」
 最近、そんな中学生の話をテレビで見た。中学生にしてシュレーディンガーの猫に関する論文を発表したとかで、半兵衛には何が凄いのかまったくわからなかったがコメンテーターは非常に驚いていた。本人は注目されることを望んでいないようでメディアへの露出は全くない。
「シュレーディンガーの猫?」
「あー、なんかそんなような名前。説明されたけど、俺全然わかんなかったわ」
「安心したまえ、幸村君もそれくらい解っているだろう」
「……馴れ馴れしいな半兵衛」
「いいから早くしてくれないか。この後は秀吉と新しく出す店舗のインテリアを見に行くんだ」
 渋々と慶次が幾つかパネルを出した。それを見て半兵衛は眉をひそめる。仕事は悪くないのだが、いかんせん時期が悪かったようだ。明らかに、浮かれている。
 今回の依頼は夏に向けてのものだった。だからある意味ではこれは正しいのかもしれない。彼の得意な「恋」をテーマにしてくれ、とも頼んだ。
 普段は華やかな色使いの中にもシンプルな硬派さを滲ませていた慶次のデザインが、完全に浮かれていた。普段ならば使わないモチーフや色の配置がどこか恐ろしい。それは慶次の普段を知っているからの恐ろしさであって、全く知らない人が見ればただの華やかなポスターだろう。
 慶次の新たな部分とも言えるかもしれない。

 ため息をついた半兵衛を慶次が見た。
 本人も自覚しているらしい。長々と話を振り見せるのを躊躇っていたのはこれもあったのか、と気付く。
「どう……かな」
「大体の方向はこれで頼むよ。ただもう少し……抑えてくれないかな」
「あー、やっぱり」
 また突っ伏すと、綺麗なクイーンズイングリッシュで何かを呟いた男は紅茶にどばどばと砂糖とミルクを入れた。慶次が幼年時代と学生時代を過ごしたのはイギリスだ。日本にいたのは小学校時代の僅かな年数だった。半兵衛のビジネスパートナーである秀吉と知り合ったのはその時らしい。
 転校生として入ってきたときは挨拶以外の日本語を喋れなかったのだが、二週間もする頃には日常生活どころか勉強にも支障がないくらいの日本語を使えるようになっていたようだ。懐かしそうに話した秀吉に、そんなだったっけかとお気楽に笑った慶次だが、普段の思考は全て英語らしい。おかげで非常にイエス・ノーがはっきりしており、扱いやすいといえば扱いやすかった。
 が、今日の慶次はどうにもはっきりしない。
「何を悩んでいるんだい。君が悩んでも何も解決しないだろう」
「いやだってさ……俺犯罪者だよな…………高校一年生ってまずくない?」
「……七歳差で、相手は男。まあどう取るかは君の勝手だけどね」
「ああああああどうしよう」
 これも本当に悩んでいることではないのだろう。不安を人に話すには勇気が必要だ。
 解っているからこそ、半兵衛は急かしたりはしなかった。



「巡りて堕つる、修羅外道」ダテサナ・戦国ヤンデレ


 忍は知っていた、というのは傲慢なのかもしれない。樺の樹の上で佐助は考える。
 真田幸村というのは鬼である。その心の苛烈さと空ろさはこの世のどこにも無いほど深く、抜け出せぬ森の闇に似る。彼の主はその性質を知ってうまくよい方向へと誘導していたのだが、それも今日までのようだ。
 初めに佐助が鬼に気付いたのは彼に付けられた時だった。幸村の父も同席し佐助は面通りを済ませたのだが、己の父が席を外した瞬間、鬼は嗤ったのだ。ただ己だけの物が手に入ったと、佐助にそう明言して幼い子供が嗤った。無垢なままに邪悪な笑顔はあまりにも穏やかで、自分はその時に全てを決めたのだ。この鬼のために、命の全てを捧げると。
 それ以来、幸村は側仕えまがいのことまで佐助にやらせるようになった。佐助以外の手は信用しなくなったのだ。肉親であろうが鬼は警戒するようになり、そして今に至る。

 生まれてから一度も、彼は己すらも信用する事が無かったのだ。自分というものを知らない、その一点が彼を鬼にした。物と変わらない、自分の無い忍には解らない堕ちかたである。
 あの龍と出会わなければもしかしたら、信玄の下で彼は穏やかに自分を得ることが出来たのかもしれない。事実その兆しはあったのだ。しかし鬼は見つけてしまったようだ。乾いた魂を癒し、自分というものをこの世に繋ぎ止める唯一の存在が今、彼の目の前にいる。

「…………あれは、なんだ」
「なんだと思う、右眼の旦那」
 ただの人間にとっては三途の川を渡った先で初めて出遭うべき存在だ。そうでもなければこの現し世こそが地獄の底ということになってしまう。
「武田はなんつうものを」
「馬鹿言わないでよ、あんなの危なっかしくて扱いきれないって。ウチの旦那がああなのは、生まれつき」
 不可思議な顔をして小十郎は言葉を飲み込んでいた。
 生まれながらに修羅で、生まれながらにして鬼。誰もが理解できず、誰もが恐れる存在。戦いの昂揚を求め、生まれた場所を間違えたことに苦しむ鬼。
「それはまた、歪な」
「でしょ。でも、もう生まれてしまってあの人は生きている」
 不幸なと他人が哀れむのは簡単だ。だが幸村は、佐助の主は鬼でありながら強い人だった。自分が空ろであり、何を求めているかを把握して欲望を抑えてきた人でもある。
「壊れているのに、理性の箍は強いなんて。本当に、歪な人だよ」
 それも終わりなのかもしれない、とは佐助は言わなかった。それはすなわち、この男の主、つまりあの龍の終わりも意味するからである。それを理解しているのか、小十郎は眉根を寄せて幸村を睨んでいた。
「ねえ、どうすんの? 独眼竜の旦那は俺様の主に取り憑かれたみたいだけど」
「どうもこうもねえ。俺は政宗様に従うだけだ」
「盲従だけが忠誠じゃないでしょ」
「……忍。何が言いたい」
 鬼の誘惑に龍が抗えるとは思えない。今の状況を見ても明らかだ。そして、龍に鬼を飼いならすことができるとも思えない。それならば、外野が働きかけるしか道はない。

 小十郎は頭を振って佐助の提案を否定した。
「鬼が龍を捕えたというのなら、逆もまた真だ」
「ああ、なーるほど。そういう事ね」
 出逢うべくして出遭った、というのはどうやら誇張でもなんでもないらしい。
「とんでもないね」
 それだけを言うと、佐助は樺の樹から飛び立った。