「prurient gravitation」(ガンダムネタです、U.C.132年辺り想定)
木星航路はいまだに危険が多い。確かに一年戦争時代からは技術は進歩し、木星圏にまでコロニーが作られるようにはなった。しかしそれでも、地球圏からは遠い。時間がかかると言うことは予期せぬ事故に遭遇する確率も高くなるということだ。
そう、今のように。
「Shit……、なんだ、コイツらは」
突然現れた二機のMS。艦橋をのぞき込むように動くそれに、政宗は眉を顰めた。
艦長の小十郎も首を傾げる。
「最近流行りの宇宙海賊ではないようですが、見慣れぬ機体です」
「白旗持ってやがんな……出る。カタパルト用意しろ」
「な……危険です!」
腰を浮かせたオペレーターを手で宥めると政宗は艦橋の出口へ向かう。小十郎は諦めているのか、MSデッキに連絡を入れていた。それを確認してエレベーターのドアを閉めた。
そもそもミノフスキー粒子を散布していないのだから通信は生きている。つまり、二機とも通信ができない状態なのだろう。さすがに得体の知れない機体を艦にそのまま入れる訳にも行かない。
MS越しに接触回線を開いて聞き出すつもりだ。白旗を持っているのだから突然襲われることもないだろう。
デッキには数機のヘビーガンと二機のハーディガン、それと年代物のネモが一機、静かに出撃を待っていた。
「中佐、ノーマルスーツは……」
「着ねえべ。それより、おめえさのハーディガン色塗り途中だけんど」
「構わねえぜ。悪いないつき少尉」
銀色の髪をした天才メカニックは目を逸らす。その視線の先には、政宗のパーソナルカラーを所々に纏ったハーディガンがある。
紺を明るい青に塗り変えられたそれは指揮官仕様機だ。更に政宗の趣味で艦で出来る程度の改造や、木星航路ということを考慮したバーニアの増設、それにともなうメインエンジンの強化が施されている。
「まだどっか塗るのか?」
「おめえがいいっつうなら、もう塗らね。どうすっか?」
「ummm……そこはアンタに任せる」
「解った。……カタパルト用意できたみてぇだ。早く乗ってけろ」
見上げればすでにコックピットは開いている。床を一回蹴って取り付いた。身を守るノーマルスーツを着ない政宗にメカニックや他の兵たちが畏怖を込めた視線を向ける。
彼らに全く注意を払わず、政宗はハーディガンを発進させた。
「ハーディガン、政宗。出る」
その声に応えたのは、オペレーターではなく艦長だった。
接触回線から聞こえる声に幸村は目を開いた。ぼんやりと空を漂っていた意識が一点に収束していく。広がり続ける宇宙の虚無を感じていた心が、コックピットに座る男へ縛り付けられていく。
そうして、真田幸村は目を覚ました。
「大丈夫だ、起きている」
「『良かったー、旦那が応えないから心配しちゃったよ』」
「すまぬ…………傷が痛むのでな。“逃げて”いた」
息を吐いてシートに身を預ける。脱走する際に受けた脇腹の傷がじくじくと痛んだ。この痛みを紛らわすために意識を飛ばしていたのだが、予想以上に長い時間がたっていたらしい。
連邦軍の艦がここを通ることを知り、脱走してきたのだ。あの地獄から。
「『……そろそろ時間だぜ。用意はいい、旦那?』」
「ああ。撃ち殺される用意もな」
「『違いない。でも、ま、やれるだけやりましょか』」
通信機の壊れたこのエレバドと、同じく通信機の壊れた佐助のバタラ。不審機として撃ち落とされても文句は言えない。
近付いてきた艦の光に、幸村は目を細めた。なびかない白旗を掲げ、艦橋に接近する。制服を着崩した男が一人エレベーターに向かっているのが見える。
やがて一機の青いMSがカタパルトから射出されてきた。
「………………?ニュータイプ能力者か?」
「『アレが?』」
「解らん……だが、そんな気配がする」
そのMSは躊躇いなく幸村に近付くや、エレバドの肩にマニピュレータを置く。突然の急接近にも急停止にも危なげなところはなく、一瞬置いて接触回線が開かれた。
「『名前と所属、階級を言え』」
低めの男らしい声だ。背筋がぞくりとする。自分の反応にあきれながら、命令しなれた声に応える。
「真田幸村、木星……帝国。少尉であります。友機は猿飛佐助軍曹」
「『木星帝国……だと?』」
また、だ。声を交わす度に背筋が震える。この感覚には覚えがあった。
思わず体をシートから浮かせてしまい、脇腹の傷が疼いた。そのとたん、相手から動揺が伝わる。
「『怪我……してるのか、アンタ』」
コロニーでの訓練よりも生々しい交感。これが本当の、と思った所で接触回線が閉じた。どうやら佐助に訊ねることにしたようだ。
傷の疼きと初めての交感の衝撃から逃げるように、幸村は再び虚空へ意識を広げた。
「ここは」
また瞼を上げるとそこは白い部屋だった。あのまま気絶してしまったらしい。ノーマルスーツは脱がされて、病人が着るような衣服を着せられている。脇腹の傷は手当てされ包帯が巻かれていた。
無事に地球連邦軍へ逃げ込めたようだ。息を吐くと、幸村は瞼を閉じようと――。
「起きたか」
「貴殿は……」
整った顔の男だ。右目はアイパッチで見えない。その左目は強い意志を持って幸村を見つめている。
その瞬間に、幸村は悟った。彼に触れれば、本物かどうか解る。
「伊達政宗。階級は中佐だ」
声に聞き惚れつつ、魅入られたように手を伸ばす。その手が政宗に触れる前に、政宗が幸村に手を伸ばした。
『肉体強化しかしていない……地球の重力に耐えられる程度の、だ』
誰の声だ。アースノイドである政宗に地球の重力は関係がない。だがその声は確実に政宗のことを話していた。
いや。政宗では、ない。
『では、なぜニュータイプ能力を』
宇宙に適応した新しい人類。政宗は時々、艦のクルーや兵に自分がそう呼ばれているのを知っている。
自分ではそんなことは全く思っていないが、昔から勘だけは良かった。瞬間、政宗は閃く。あの、得体の知れな いMSに乗っていた青年だ。接触回線越しにすら、何か不思議な雰囲気を出していた。
『元々の素質であろう。良いパイロット、ひいては……』
銀色の天井が薄れていく。
ここは木星の、いや彼の言葉を借りれば木星帝国のコロニーなのだ。
真っ白な壁が目の前にあった。寝ていたはずの体が今は直立している。訳が解らずに目をしばたたかせると、下からむくりと何かが現れた。
先ほど受け入れた脱走兵の青年だ。まだ幼さを残した顔は、少年と変わらない。伸びやかな肢体には効率よく筋肉がついている。軽いブラウンの髪は後ろ一房だけ伸ばされていた。名前は真田幸村だったか。
そうだ。彼から手を伸べられ、思わずそれを取ってしまった。ここは政宗が指揮する部隊の艦である。木星帝国のコロニーではない。
あの記憶は……彼のものなのだろう。なぜそれをみたのかは解らないが、仮説は立てられる。しかし認めるのは気恥ずかしい。
幸村は何かを呟くと顔を上げた。そしてにっこりと笑う。
「素晴らしい妹御をお持ちですな。さぞや誇らしくありましょう」
艦でも数人しか知らないはずの事実をあっさりと言ってのける。それはあの交感が嘘ではないことを示していた。
手を触れただけでああなるとは、確かに人類の革新だ。動揺を抑えて幸村の顔を見れば、嬉しそうだ。頬が上気して薄い桃色になっている。
「ああ。自慢の…………メカニックだ」
「貴殿の支えがあってこそと感じます。羨ましい絆です」
優しい声だ。優しさは痛みを知る人間にしか与えられない。幸村の優しさは失うことから作られたものだということを政宗は知っていた。
ニュータイプとは戦いにおける超能力者だと捉えていた。だがこれは違う。
拓けた視界は戦いに意味を見いださない。しかしそれを理解できるのは、ニュータイプ同士だけなのだ。
「そんなことはありませぬ。人は他人を理解しようとする心を持っています」
「Ah……あの軍曹か。ま、俺にも解らなくはない」
とりあえず、と政宗は考える。幸村が脱走した理由も彼に全く害意がないのも解った。政宗と幸村にしか通じないが、やりようは幾らでもある。
「悪いが、見張りだけは立てさせてもらうぜ。あとは……」
「それだけでも構いませぬ」
「いや…………、いや。とりあえず休め。アンタがここに来た理由はそれから詳しく聞こう」
幸村の顔が陰ったがすぐ笑顔になる。医務室のドアをくぐるときにはもう、寝息が聞こえていた。
やっちゃった感満載です。続き……書けたら書きたいな…………。ハーディガンはかっこよくて大好きです。
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