「忘却の旋律」
「おめえさは、厭になんねえのか?」
「何が、でござるか?」
二人で庭を見ながら話していたときだ。いつきはいきなりそう訊ねてきた。
今の幸村は虜囚となんら変わらない。政宗の城の離れで、一人で暮らしている。外に出ることもほとんどなく、出るときも護衛に囲まれている。
質問の意図は解らなくもなかったが、幸村はそれ全てに納得してここに居る。
なぜ政宗に預けられているのかはいまだに解らない。だが信玄も政宗も、幸村が甲斐に(あるいは、上田に)戻ることを望んではいなかった。政宗だけならまだしも信玄が幸村が戻ることを望まないならば、それは仕方のないことだ。
「ここに、こうやって」
「某が望んでいることでもあるのです。いつき殿が気に病むことでは」
「でも!確かに政宗はおめえさのことすっごい心配してるけんど」
いつきの必死の形相に、胸がちくりと痛んだ。
安心させるように笑いかけると、いつきの銀色の髪を撫でた。逆効果だったのか彼女は辛そうに眉を顰めてしまった。
「……多分、某はここにいなければならぬのです。いつになるかは解りませぬが、お館様と政宗殿が良と言うまではいなければならぬでしょう」
「だって、幸村は、おら思うけど、こんなとこにじっとしてちゃ良くなんねえ!」
「しかし」
「確かに甲斐とか遠いとこは無理だべさ!でもここら辺でも綺麗な景色見れるし、そのくらいなら構わねえべ!?」
自分を心配してくれるのが痛いほどわかる声。その声に、何かがふと過ぎる。
上田の城で、同じように庭を見ながら話していた、そんな時に。
『旦那、ずっと鍛錬ばっかじゃん。たまには綺麗な景色とか見に行こうぜ?』
誰だ。
これは、誰だ。
深い緑の中に、鮮やかな茜色。自分の深いところに居た人のような気もするが、思い出せない。
ただただ、鮮やかな色だけが(あは、だんな、きもちいい?きもちいいでしょ。だんなけっこういんらんだよね、ほらまたでた)痛い、痛(ここがいいんでしょ?おれさましってるんだから。ふふ、もっときもちい)い、痛い割れるように頭が痛い。壊れて(おれさまもすごいきもちいい、なんかこのまましんで)しまいそうな快楽と頭痛と目の前が赤く、暗く、明滅している。
ゆらゆらと揺さぶられ……そして激しい揺さぶりが。
「……きむらッ!幸村!」
「そんな揺らしちゃダメだべ」
「、まさむね、どの?いつから」
幸村の襟をつかんで揺さぶっていたのは政宗だった。
いつきと一緒に顔を覗き込んでいた彼は、幸村が声をかけると明らかに安心した。ぶっきらぼうに手を離す。
「いきなり来たんだ。幸村大丈夫か?政宗が容赦なく揺らしてたから」
「うるせえ、心配だったんだよ」
「いや、大丈夫でござる。政宗殿も心配してくださってかたじけない」
また笑顔を浮かべるが、失敗してしまったようだ。
茜色はどこにもない。
忘れてしまった人は、どこにもいないのかもしれないと幸村はひっそりと絶望した。
お互いに依存しすぎた真田主従と二人をそれぞれ助けようとする筆頭と慶次のお話の触り。拍手お礼でした。
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