「暗渠に朽ちた正義よ」
崩壊。
そう呼ばれるのが正しいのだろうか。私たちは特に何をしたかったというわけでもなかった。もちろん、崩壊させようなどとも思ってはいない。
いや、もしかしたらそれは私だけなのかもしれない。すでに彼と私は別のものになってしまっているから。
完全なる左右対称として私と彼は出会った。私たちは元は一つだった、そう思えるくらいの共鳴。レゾナンス。炎のような戦闘の中で、雷に打たれたかのようだった。相対した時の心のざわめきを、私はいまだに覚えている。
まるで救われるようだった。欠けていたものがすべて目の前の彼によって満たされていくのだから、当然だろう。確かに私たちはあの時、お互いを自分として感じたのだ。
それからしばらくは、穏やかな日々が続いた。一緒にいることが自然だったし、離れること別たれることなど考えもしなかった。ただ日々を共に過ごし、泣き、笑い、遊び。
愚鈍な私は何も気付かず(彼の苦しみに、気付いていれば!)怠惰に日々へ溺れていた。彼の気持ちなど知らず、同じだと思い続けて。
そして私は、自分の愚かさを知ることになる。
振り払われた彼の手によって。
何億と後悔しただろう。何故彼の言葉を聞かなかったのか、いや、彼の気持ちを知ろうとしなかったのだろうかと。
彼は私を憎んでいた。己の存在を賭けるように、私を憎んでいた。
私たちは一つだった、しかし今は二つだ。
不協和音を奏でる、私と彼の想い。元は変わらなかったはずだ。しかし今は変わってしまった。それでも私は彼を自分のように思っている。彼の心を癒したいと願っている。いっそのこと、彼を癒すのは私でなくてもいい。私が願うのは彼の救済であり、それが私の死をもって為されるなら。
「ころされにきたのか」
「それがしのしをもって、そなたが救われるのならば」
「おれはあんたのそういうところが」
「それがしにも、よくはあります。それがよくにみえなかろうとも」
「救いなんかいらねえよ。おれがもとめるのは、ただ」
「それがしのしであろう?こわがらずともよい。それがしはあたえよう」
「はぁん。よめたぜ、あんたのはらが」
「すきだ、まさむねどの。そなたはどうか」
「……おれには、わからねえ。だがあんたのそれ、は」
二人の間を風が通り抜ける。
「わるかねえと、おもうぜ」
愛しているか、と問われれば是と答えた。彼は確かに私の半身だった。それ以上に私は彼を憎んでいたのだが。
何故憎んだのか。それは簡単だ。
彼は私にないものばかり持っていた。たとえば、その身を飾る艶やかな炎や健康的な笑顔、健全な精神。私が彼のそれらを目にするたびに、どれだけ惨めな気持ちになったか解るだろうか。彼のそれが私にもあれば、私は少しだけまともな世界を生きることができただろう。
私の半身として彼はすばらしかったし、誇りでもあった。彼と過ごした日々は心安らいだ。
しかし彼が輝けば輝くほど、私は。
なぜ、与えられなかったのだ。私には。共鳴する私たちだが、確実に違ってしまっていた。彼を消さなければ私は消えてしまうだろう。その、強すぎる輝きのせいで。
終わりはやはり戦場だった。彼の炎のような瞳が私を貫いている。私の手に握られた刀は彼の身体を貫いていた。
ああ、あのしなやかな身体を私は貫いた。死をもって。彼は安心したように微笑んで、私の顔にそっと触れた。輝きは消えてしまう。私の愛した輝きが消えてしまう。
だが、やはり私たちは一つだった。
彼の手がわた し の 。
首を絞められて殺された死体と、腹を刀で貫かれた死体。それは誰にも見つからずにただひっそりと朽ち果てていった。
その二人のことを知る者たちは誰一人として二人を探そうとはしなかった。
暗渠に朽ちる正義の行方は、誰の目にも明らかだったからだ。
ネタ元は金寺のBlind Justiceでする。
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