「クロッキー #日常」
朝から晩まで、なんていうか、つきっきり?そう考え込んでしまうほど猿飛佐助とその上司……であるはずの真田幸村は主従関係から大きく外れている。
それは佐助の方の認識で、幸村には自覚はないらしい。むしろあったら佐助は上司といえど殴っているだろう。いや、たまに頭を叩くけど。
普段はよく言えばのんびり、悪く言えばぼけっとしているのに戦場に出た途端軍神上杉を超えるほどの働きを示すのだ。なのに普段は子供が転んでも受け止められないほどぼけっとしている。その上頭から団子を浴びてそれでもぼけっとしてられるのだ。絶対同一人物ではない。
「佐助ー!」
ああほらまた呼んでいる。さっき幸村をたたき起こして(何故か佐助が起こしに行かなければ起きなくてもいいと思っているのだ、育て方を間違ったらしい)朝御飯を食べさせたばかりだというのに。少しくらい佐助に自分の時間というものをくれてもいいと思うのだが。
時々佐助を仕事に出しているのを忘れて呼んでいることもある。そういう時は後から幸村に叱られるのだが、佐助としては自分が叱りたい。むしろ叱る。こっちは休日返上で幸村のために働いているのだと怒鳴る。
そういえば少しは悪いと思っているらしくおとなしく黙るが、数週間もすればそんなこと綺麗サッパリ忘れているのだ。
「佐助ーー!どこにいるーー!」
「縁側に居ますって」
仕方なく佐助は縁側から返事をした。ちなみに今は幸村が拾ってきた猫やらなんやらに餌を与えている。これだって最初は世話をすると言い張ったのだ。まあ確かに猫とかとはきちんとじゃれているが、それは世話とは言わない。
それが解っていて飼うことを許している自分に思わず眉をしかめた。と、ちょうど幸村がやってくる。
「?なぜ機嫌が悪い」
「アンタが馬鹿だからですよ。なんか用ですか」
「馬鹿とは何だ。髪留めがどっかにいっただけだ」
はぁ、と佐助はため息をついた。そんなの置く場所をきちんと自分で決めてそこに置いておけば済む話だ。偉そうに言うなよ、と言い返したくなる。大体佐助は置く場所を幸村に決めさせているのだ。
「おいておく場所決めたでしょうに」
「……置いたはずなのに無いのだ」
そっぽを向いてそう呟く幸村に再びため息。全くこの子は何言っても言うことを聞かない。翻訳すると多分そんな感じのため息だ。
幸村は気まずそうに下を向く。
「すまん」
「いや別にいいんですけどね」
仕事の内ですから、というと幸村は少し寂しそうな顔をした。当たり前だ、これで仕事じゃないけどやっているなんて言ってしまった日には今よりもっと酷い状態に陥るのだろう。
佐助の直接の上司は幸村だが、何故か信玄から月ごとに手当てが出ている。それはこの上司の世話なり何なりでかかる費用で消えていく。生活能力のない上司(でもサバイバルには強い)を持った部下は大変である。いや、確かにここまでする理由なんて、本当はないんだけど。
「それで、その帯の後ろから伸びてるのは何です?」
だらしなく単衣を着ている幸村はあわてて後ろを見やった。帯に挟まっているのは白い紐。
幸村が髪を結うのに使っている紐だ。
「おお!すごいな佐助」
「アンタが注意力足りないだけです」
また餌をやり始めた佐助だが、幸村の気配が中々去らない。猫か文鳥とじゃれ始めたのかと思えば、なんと。
「佐助、結ってくれ」
「はぁ?!」
「俺がやるとぐちゃぐちゃになる」
何歳児だ。
思わず喉まで出てきた言葉を飲み込んで、動物達の水を汲んできた桶で手を濯ぐ。手拭で水を拭き取ると佐助に背中を見せて座っている幸村の後ろに座った。
「ん」
頼む、とかなんかないのだろうか。渋々紐を受け取り、懐から櫛を取り出した。
幸村の柔らかな髪の毛をそっと梳く。寝起きのままの髪はいたる所へ飛んでいるが、辛抱強く何度も梳けばやがて綺麗にまとまった。時々ひっかかっては幸村が「痛い」と声をあげたが、そんなのにかまう佐助ではない。
「ほら、結えましたよ」
「ああ」
当然のように返事をした幸村は、そのまま猫と遊び始めた。一緒に餌もやってるから、まあいいとした佐助は今度は幸村の部屋の掃除にかかろうとした……のだが。
「佐助、甘いものが食べたい」
いつの間にか佐助の服の裾を掴んだ幸村がにっこりと笑った。
「ああほらこぼしてる!」
「ん?ああ」
幸村行きつけの甘味処だ。何も言わずとも巨大なクリーム白玉ぜんざいが出てくるあたりが行きつけである。そして佐助にも何も言わずにエスプレッソが出てくるあたりも行きつけである。
給仕の娘達がくすくす笑って幸村を見ている。時々聞こえる「可愛い」だの「萌え」だの……って萌えってなんだろう?佐助は思わず首を傾げたが、女の子の言葉なんてそんなものだと、たぶん可愛いに属する言葉なのだろうと判断した。
歳からすれば童顔だし、可愛いといえなくはないのだろうが。確かに嬉しそうに笑いながら大きく口を開けてアイスクリームを頬張っている姿は可愛い……かもしれない。
ただやたらとアイスもソフトも巨大なため、幸村は鼻の頭にクリームをつけてしまう。本当に注意力足りないんだから、と佐助はそのクリームを拭きながら朝から何度目かになるため息を吐いた。
「もう少し注意して食べてくださいよ」
「佐助も食べるか?」
「いいです」
即答する。佐助は辛党だ。幸村のせいで。
目の前で甘いものばかりどちゃどちゃ食べられては胃がもたれてくる。しかも味が解らなくなるからといって磯辺餅なども頼み始めるのだからたまらない。
「…………佐助は何も食べないのか?」
「ええ、別に腹も減ってませんし」
「そうか」
既にクリーム白玉ぜんざいは残すところあとわずかだ。縦五十センチ直径十五センチは軽くあるグラスなのに、十分と経たずに食べてしまう。その間にもなんやかんや食べているんだから、全く持って底なしの胃袋だ。
毎度毎度胃拡張か胃下垂じゃないかと心配してしまう。食事はそれ程食べるわけでもないので違うのだろう。
「満足ですか?」
「……ああ」
おや?と佐助は思った。なんだか幸村の様子がいつもと違う。そういえばさっきも珍しく佐助は食べないのかなんて訊いてきた。
「どうしたんです旦那?」
「いや……なんでもない」
「なんでもないって顔してませんよ」
幸村は食べていた手を止めた。
「佐助は、仕事だから俺と一緒にいるのか?」
本人からすれば真剣そのものなのだろう。それでも佐助からすればそれは本当にどうしようもないほど簡単な言葉で済む問題なのだ。
だから思わず微笑んだ。
「そりゃ、旦那が一番解ってるでしょ」
だけどわざとはぐらかす。これ以上幸村が佐助に甘える口実を佐助から作るなんて、とんでもないことだ。じゃないとこの人、自立できない。寂しいけれど、幸村を自立させなければならないのなら、佐助のつまらない感傷は捨てていかなければならない。
「解らん」
「旦那が思ってる通りでいいよ、ってこと」
下を向いた幸村の頭をぽん、と叩いた。
「じゃ、家帰りましょうか」
家の一言に、幸村の顔が輝いた。
屋敷に戻っても結局甘いものが食べたいと喚く幸村のせいで、佐助は食事を作る破目になった。ていうかなんでこの屋敷には飯炊きがいなのだろうと不思議に思っても、そういえば佐助がやるから必要ないと幸村が言っていたのを思い出す。
おかげさまで料理の腕前ならそこらの料理人には負けない自信がある。
「佐助まだかー?」
「んな早く出来るわけないでしょうが!少しくらい大人しく待ってて下さい!」
やっぱり自分の時間なんてないが、それでも幸せだと思ってしまう自分はおかしいのだろうかと佐助は考えてしまう。
「ちょっと、台所に猫入れないで下さいって!!!」
「餌をやろうと」
「台所じゃなくてもいいでしょうが!」
「よいではないか。佐助の作る飯は美味いのだから」
「意味が解りません」
でもためらいもなく食事を美味しいと言って笑ってくれるのは、嬉しい。
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