永くもないこの果敢なきを(カテゴリカル・インペラテイヴ) 人として。(ダテサナ分含) 濡れている手
春過ぎて(死ネタ) 長き果ての地

「永くもないこの果敢なきを(カテゴリカル・インペラテイヴ)」


 とす、と音がして矢が腕を貫通した。篭手の右を貫き、左の鉄板に当たって止まっている。鋼で作られたこれをねえ、と佐助は口の中で呟いた。
 したたる血を見もせずに、守られた彼は走り出している。

 真田幸村、その背を追って佐助も走る。
 腕の傷に簡単な処置を施して、巨大な手裏剣を投げた。主に降りかかる全ての攻撃を遮蔽するために、だ。

 戦場に立つ彼を絵空事のような束の間の平和に、再び戻す。ただそれだけが佐助の使命であり、ただそのためだけに佐助の命は在る。
 そのためならば、降り注ぐ矢の雨も心の蔵を狙うつるぎの切っ先も首を求めるやいばの煌きも。それ全てを佐助が受けるとしても躊躇いはない。無防備に佐助に晒される背中、それこそが佐助が得ることのできる最高の褒美。

 死すらも許されぬほどの絶対的な信頼が佐助を動かし、何人たりとも入り得ぬ紅い領域を作るための鍵になるのだ。

 たとえ姿がなくとも、その傍に在りその命を至上命令とする。

 それが、影の誇り。
 真田幸村が生きる紙切れの平和こそが、佐助の命。




まだ佐助さんがマトモです。



「人として。」


 手を入れれば、いいといわれた。

 忍の技は戦場だけではない。むしろ、情報操作こそがその本領だ。その気になれば、自らの主すらも操ることが出来る。
 久々に里帰りをして、現在の状況を愚痴交じりで話してみれば、

「なら、手を入れればよいだろう」

となんでもないことのように言われた。
 庭に手を入れる、とかそういう意味ではない。

 幸村の思考に、手を入れるということだ。

 あの佐助を信頼しきっている子供に、与える情報を注意深く吟味し、僅かずつ歪めて伝え、それによって幸村の思考を制御する。
 そうすれば、佐助を悩ませる現状は打破できるだろう?という、ありがたいお言葉だ。

 かちん、ときた。頭を殴られたかのような、狂気。
 この男は何もわかっていないのだ。

 たとえ、奥州の馬鹿殿にご執心でも、佐助の目の前でいちゃこらこいてようと、彼は真田幸村だ。普段は隠れて見えないけれど、その思考は鋭い。情報の歪みなど、すぐに見抜く。
 それに、なによりあの熱い信頼を、熱毒のように佐助を侵す信頼を失うのは何よりも辛かった。狂気めいて美しい紅蓮の瞳(色は決して赤くないというのに、なによりも炎に似ているあの瞳!)に睨みつけられることなど、佐助の魂は望んでいない。それを望む変態は別にいる。

「そう睨むな。それくらい、知っている」

 男はにやりと嗤うと、佐助に袋を放った。中身は毒草である。
 これを取りにきたのだ。

「お前が真田の若様に入れ込んでるのを知らない奴はいない。もしお前がそのようなことをしたならば、我らこそが敵に回る」
「旦那好きしかいないわけ、この里」
「お前が言うことか」

 そういって、男は立ち上がった。

「師父、アンタってホント性格悪いよね」
「お前の師だ、心しろ」




真田忍軍は旦那FANで埋め尽くされてます。入隊条件だから!



「濡れている手」


 その手こそがお前を救うだろう、そういって父が指差したのは俺の後ろに控える男だった。

「烏」
「は」

 俺が聞いたことがある父と男の会話は大体これだけだ。父と男の間には、俺を守るという言葉しかない。それは二人の共通の言葉だから、いちいち言うまでもないわけだ。
 しかし、と俺は思う。父はいつも男を烏やらなんやらと呼ぶが、男にも名前はあるのだ。

 視線を外へと移した。

 秋も深まってきた。信濃の山の中にある城は、すでに冬への支度を整えている。これから雪深くなりとても戦などしていられない季節になる、俺たちは生きるだけで精一杯になる。
 高く深い空が美しかった。

 男は名前で呼ばれることを厭う。俺はその理由を知っていたが、俺は男を名前で呼ぶことをやめない。
 俺にとって男は大切な存在であったし、共に影として居た仲間でもある。

 深い血の香りが俺にまで移ろうとも、あまり関係ないと思っていた。男はかなり気にしているようだが、俺もいずれその香りを纏わざるを得なくなるのだ。
 深い、深い血。身体に染み付いたそれは、きっと。

 俺が受けるべき罪を、俺の影として。




一人称練習。



「春過ぎて」


 下り坂を降りた先に鬱蒼とした森がある。初夏の陽射しすら遮り飲み込むような闇をたたえたその森に参るのが最近の日課だ。
 溢れる色とりどりの花束はきっと彼には似合わない。彼が生前、最も好んでいた花は二種類だけであり、それは非常に悲しい理由で選ばれた二つであった。そして二つとも、彼に相応しいこの季節には咲かない花だ。だからこそ彼はその花々を愛していたのかもしれない。
 とまれ、それは関係ない。

 青々とした緑に目が細まる。初々しさが彼を思い起こさせてまた気持ちが沈んだ。
 この森で彼に出会い、この森で彼は遊び、この森で彼は知って、この森で彼は逝った。昨日、己が捧げた花を見る。水を与えられず陽に晒された植物は萎れて枯れかけていた。一昨日に捧げた花はすでに枯れている。一昨昨日の花は、弥一昨日の花は。彼が居ない日々に積もる枯れた花が侘しい。
 彼はもはや御伽噺の中の登場人物であり、現実の彼が存在を更新していくことはない。煙を愛するかのように不確かで、不安なものだ。しかしどうだろうか。彼が生きていたとしても、結局は彼の影しか自分は見ていないのだ。

 そうだとしても、あんなに鮮やかな影を失ってしまった寂寥、喪失、空白。埋めることが出来る何かなどあるはずもない。

 今日も明日も明後日も明々後日も弥明後日も行く末すべて、きっと。
 きっとまた自分はここへ来て、花を捧げるのだろう。




ほんとは慶佐にするはずだった。でも幸ちゃんが死んだら佐助はその先何も受け入れないな、と思った。



「長き果ての地」


 鳥居の影に隠れていた少年は顔を上げた。何百と続く鳥居に目が回りそうだ。朱色の洪水の中、延々と階段が続いている。
 今日は自分に付けられるはずの忍びと会うはずだった。だが、少年はまったく別の場所にいる。会うのがいやだった訳ではない。

 狐の面をおろした。

 ここは聖域である。忍びはきっと入って来れないだろう。

 今日、護衛代わりの忍びに会えば、三日後には越後へ向かわなければならない。もうあの森で遊ぶこともないだろう。自分でも気付いてはいる。浅はかな子供の考えだ。
 今を延ばそうとも、その日は確実に来るというのに。

 ただ。

 ただ。

 ただ、ただ今は。

 この聖域の頂上へと、長き階段を上がり到りたいのだ。そうすれば何かが変わる。まだ弱き身であるが、その世界を変えうるような何かが頂上にはある。
 少年は遙かに霞む鳥居の向こうを見上げた。

 その手に輝く焔を受けるとも知らず。




お狐様と言えば炎なので、幸ちゃんの焔はお狐様と契約したのだったらいいなあーとかそんな感じ。
佐助さんは天狐なので幸村様は空狐でいいよね!