「価千金」


 清掻の三味線の音がどこの見世からも聞こえてきた。

「んー、中々ええ町やねぇ」

 派手な格好をした男が吉原の大通りを歩いている。服装自体は吉原で珍しい装いではなかったが、その大きな姿や整った容貌などで道行く人の視線を集めている。また肩に乗った小さな猿が辺りを見回しているのも人目を惹く要因だろう。
 長い栗色の髪を高く結わえ、鷹の羽と簪を刺したその男も辺りをゆっくりと見回していた。

「ここにあいつがおるんか」

 目を細めると手に持っていた文に目を落とす。そこには簡単な地図が描かれていた。

「次の角を右かあ。そやけどもほんまにここは華やかな場所やな。どう思う、夢吉」

 肩の小さな生き物にそう問いかけて、男は笑った。うんうん、そうやなあ、そんなことを言いながら角を曲がる。
 遊郭は昼見世の時間だ。それなりに人は多く、また男も登楼る客の一人と思われたのならば、客引きに熱心な妓夫が声をかけるのも当たり前だろう。

「兄さん、どうだい」
「いや、今日は素見だけでね」
「そんなこといわずに。うちは吉原でも最高の見世だよ」
「せや、ほんならまた他も見てから来るよ。なんて見世?」

 妓夫は胸を張った。彼にとってここ以上の見世などないのだから、薦めるのに躊躇いもない。

「最上屋さ」
「ん?ああ、ここが最上屋かい。ちょい政宗と話したいことがあるんやけど、ええか?」

 そう言って男はまたにっこりと人好きのする笑顔を浮かべた。





「あのなあ……連絡入れてから来いこの風来坊!」
「だって言うたら来るなというやないか。頼まれた手紙もあるし、ここにも来てみたかったのや」

 政宗は頭をかきむしる。今日はある程度暇だったものの、これが紋日にでも来たら殴るくらいはしていただろう。
 なんや心狭いなあ、とか言いながら小猿と戯れているのは前田慶次。島原のとある見世に流連(いつづけ)をしていた男で、どこから金が沸いてくるのかやたらと羽振りがいい。男振りもいいため、あちらではかなりの有名人だ。

「素敵なお人でありんす、惚れてしまいそうでありんすぇ」
「そら嬉しいな。じゃあ、今度お願いするわ」
「まあ、お上手」

 最上屋の遊女もやはりというか、その遊びなれたところに興味を持ったようだ。返す言葉もそつがない。
 ため息をつくと手を出した。

「で、手紙出せよ」
「ほい」

 渡された手紙は二枚ある。どちらも美しい紙で、宛名は政宗と幸村への連名だった。

「……アンタ、誰から」
「な、け、け、慶次殿っっ!!!!」

 政宗が問う前に、大きな声がさえぎった。見れば幸村が慶次を指差したまま固まっている。一方の慶次は全くの余裕だった。
 苦笑してる佐助が肩をすくめる。

「やっほー、お久しぶりー」
「な、なぜに江戸にまで!」
「ん、お手紙だよ。政宗と幸ちゃんにね。信太からさ」

 胡坐をかいて肘を突いた慶次は幸村のことも政宗のことも見ない。ただ息をつめた幸村が、そっと政宗に近寄った。

 政宗の手にある手紙の後ろを見、陽に透かす。

「で、風来坊は?」
「佐助も久しぶりだねえ。うん、手紙ついでに江戸に来てみようと思ってさ」
「ここにいるつもり?」
「当たり前じゃん。まあ金ならあるしね」
「羨ましいねえ。どっから出て来るんだか」

 佐助と慶次の間で和やかな会話が交わされているが、政宗にとってはそれどころではない。恋人は真剣に手紙を読んでいるし悪友はなんか恋人と昔からの知り合いのようだしで混乱している。遊女たちが笑っているのも耳に入らない。

「ていうか、いつの間に訛ったのさ旦那」
「やー、なんていうか身分隠さなくちゃだしさ。まあ半分癖かな」
「慶次!!!」

 とうとう政宗は爆発した。

「なんだい」
「なんでテメェが幸村と知り合いなんだよ!」
「え、幼馴染だけど何怒ってるの政宗」
「大将、旦那のこと大好きだからね」
「恋か、そりゃいいね。幸ちゃんも政宗なら安心だ」
「いや確かに俺と幸村は最高だがっ」
「お、もうそこまで行ってるんだ。よく落としたね」
「紆余曲折も紆余曲折。すごい道のりだよ」

 遊女たちがいっせいに相槌を入れた。

「ありゃりゃ」

 にやにや笑う慶次は、政宗の昔の友人なのだ。お店を継ぐ前、諸国を逃げるように放浪していたことがあるのだが、その時(強引に、だが)一緒に旅をしていた。吉原しか知らなかった政宗と違い、万事に世慣れていた慶次に助けられたことも多い。
 その頃から既に上方訛りだった。

「……うぜえ」
「ごめんなー、色々あって身分隠してるからさ」
「なんだその身分って。ダチにまで隠すことかよ」
「俺はいいんだけどね、政宗には迷惑かかるから。ま、幸ちゃん匿ってるのが政宗だって知って俺もすげえびびった」

 絶対怒られるからさ、と笑った男に毒気を抜かれる。

「……慶次殿。これは誠で御座ろうか」
「うん、間違いはないよ。この目で見てきた」

 黙っていた幸村が静かに声をかける。軽く答えた慶次だが、どこか重みがある。

「しかし」
「あ、政宗も巻き込めって言ってた」
「な」

 いきなり赤面した幸村が慶次を見た。慶次は嬉しそうに笑っている。その様子はなんというか、まるで兄弟のようだ。頭を撫でられても幸村は顔を紅くして堪えている。
 慶次は政宗と幸村が付き合うことに抵抗はないらしい。なんだかにぎやかになりそうな予感に、どこか嬉しくなる気持ちを政宗は否定できなかった。






閑話休題なので短いです。すいません。
以下考えたのに使わないしもったいないから鬱展開の様子↓

幸村失踪→政宗鬱に→吉原大火事→九郎稲荷から六問銭と白骨が→政宗に疑いが→政宗しょっ引かれるが途中で脱走→身殻別八万物運に拾われる→その中に幸村が→政宗を犠牲にして吉原を出てテロリスト化した幸村→実はソレは偽者でホンモノは行方不明→そのまま政宗は監獄に→The end