「貴方の世界を僕に加えてくれ」
天下を手に入れた。秋津島は全て政宗の下に従い、諸将は政宗に頭を垂れる。
何を犠牲にしても、手に入れたかったものが手の中にある。人が一生で成すことが出来ることは少ない、そして一つの国を統一できる人は少ない。政宗は天に選ばれた人の一人と成ったのだ。
たった一人で縁側に座り政宗は思う。
「何が足りない」
どんなに充足を理解したとしても、どこか穴があった。月を見上げて杯を取るも心は晴れない。誰の声もしない屋敷は夜闇の中で政宗だけを包む。
新しく政治の基盤を江戸に作るため、築城を命じている。当座の、と近くに建てた屋敷は簡素なものだ。
僅かにいた使用人も人払いをかけ、真に今、屋敷には政宗しかいない。語り合える人間は彼だけだ、しかし彼を迎えたいのならば命は安さに傾く。刀だけは横に置いてあるが、着流しで縁側に座るだけの男など本当に安いものだ。
「賭けは成功か」
静かに杯を月へと掲げる。腕を覆う影が濃くなった。
「賭け、とは何のことに御座いましょうか」
「解ってンだろ?アンタが来るか、来ないか、だ」
政宗が縁側に出る前から庭に立っていた男がようやく口を開いた。隣に置いていた二つ目の杯を投げれば、怪訝な顔をして受け取った。
受け取ったことに安堵すると、政宗は自分の横を少し空ける。男の眉間の皺が深くなった。
「……飲めぬ酒を飲むとは、珍しいことだと思っておりましたが」
「アンタは酒が好き。そいうことだ」
呆れた様に肩をすくめたが、ゆっくりと縁側へと近付いてくる。一房だけ伸ばした後ろ髪が月光に揺れた。
男の主は既に亡い。政宗が手を伸ばす前に、あの偉大なる男は天に取られた。それからこの男は歴史の表舞台から消え、ただひたすらに静かに生きていたと聞く。政宗との約束はついに果たされぬまま今日の再会を迎えた。
「久しゅう御座いますな」
「全くだ。アンタがさっさと来てくれりゃ、話も早かったんだがな」
「また、その様なお戯れを申される」
月光に照らされた男は、政宗の前に来ると静かに膝をついた。
「何のマネだ、伝心月叟」
「此度の天下取り、誠にめでとう御座りまする。某は世を捨てた身ゆえ何も出来ませぬが、せめて祝いの言葉だけでもと本日は御前に参った次第」
「やめろ!」
政宗の言葉に、男は顔を上げた。
悟りきった老人のように無心で、静かな月に良く似た無表情だ。ただ政宗に祝いの言葉をと、そう言ったのは本心からだろう。後ろ髪が首筋から落ちる。
そのような言葉を聞くために、男を待っていたのではない。
「天下人となられた方が、そのように取り乱してはいけませぬ」
「うるせえ。アンタ、解っているはずだ。俺が何を望むか、なぜアンタの前に俺を曝しているのか」
「……某は、世を捨てた」
裏切りと変わらない。そう男は言った。
欠けているのはこの男なのだ。果たされなかった唯一の約束が政宗の視界に穴を創る。今はもう、永遠に果たされることのない約束。政宗は秋津島を背負い、男は何も背負わなくなってしまったからこそ。
ただ無心に切り結べばよかった時代など、遙か遠くに飛んでしまった。
「伝心月叟」
「はい」
「戻らなくてもいい。月叟でもいい。アンタは俺に貸しがある」
「…………そこまでに、某を求めますか」
政宗は縁側から降りて男の前にしゃがみこんだ。男は静かなまま、瞳を合わせる。
相対する瞬間に心が浮かれた。
「俺の傍らに、居ろ」
「某が言うことでは御座いませんが――」
立ち上がった男は政宗を見た。そして懐から懐剣を取り出す。
「それは、命じておられるのか?」
「いや」
政宗は笑った。
「ならば」
男も微笑むと、その瞬間に政宗を突き飛ばすと背後へと懐剣を投げつける。飛んできた針を袂で捌くと、どさりと音がした。庭の柏から絶命した乱波が落ちてきていた。
予想はしていたことだ。
「全く、無用心にも程がありますぞ」
「アンタがこれねえだろ。どちらにしろ、勝つから問題はねえよ」
「……政宗様」
「その呼び方も悪くはねえけど、前と同じで頼みたいとこだな」
男はまた呆れたようだ。縁側に音を立てて座ると、酒を飲み始めた。
政宗も横に座る。
「政宗」
「なんだ」
「忍軍は必要か?」
「出来ればな」
小さく何かを呟くと、男はまた酒を呷った。
「あのな。俺はアンタが必要なのであって、忍軍目的じゃねえぞ」
「わ、解っている!」
全く、と政宗は苦笑する。解っているのだろうか、これは久しぶりの逢瀬なのだ。好敵手としての約束はついに果たされなかったが、もう一つの約束が二人の間にはある。
指を後ろ髪に絡めた。男の肩が震える。何も言わずにその肩を抱き締めた。
この腕の中に、かけらの一部が居る。ようやく、政宗の感情はすべてを受け止めたのだ。
キスぐらいさせよーと思ったけどなんか筆頭が抱き締めてるだけで幸せみたいなのでそれで終わりということで。
伝心月叟=幸村の戒名です。出家名のほうがいいかな。1のOPの幸ちゃんの後ろに書いてある文字。
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