※Is there anybody out there?の続き。ダテ→←サナ気味。表現が猟奇的かも。

「Empty Spaces」


 気だるさが体中を満たしていた。頽廃的で爛れた夜はいつも、さらりとした衣擦れに閉じられる。
 背筋が綺麗な線を描く背中を見つめて政宗は嗤う。

「アンタ、本当に仙台に来ないか?」
「馬鹿を言うな。俺は男妾などになるつもりはない」

 薄い単を羽織ながら幸村は応えた。そんな幸村を、政宗は嗤う。自分とは全く違う根元を持つ幸村の矜持が面白くてたまらない。政宗相手にこれだけの醜態を晒しておいて、良くそんな台詞が吐けるものだ。

 夜伽としては最高級の幸村の体。これを味わうためだけに、政宗は長居をしすぎてしまっている。いい加減帰って来いと小十郎などにせっつかれていた。
 それにしてもこの体は惜しかった。昼間は毅然として、あるいは陽だまりのような暖かな笑顔を浮かべる幸村の、誰も知らない痴態。清潔さの中に見える穢れのような染みが、なんとも扇情的だ。素直すぎるためなのか、ありのままに快楽を受け入れていってしまっている。なんとも仕込み甲斐があった。

 手際よく髪を結い直すと幸村は障子を開けた。冷たい外気が部屋の中へ滑り込む。

「男妾じゃなければどうだ?」
「くどい。俺はお館様の元を離れるつもりはない」

 部屋の真ん中にいる政宗へ、焔の視線が振り返る。政宗は鼻を鳴らした。ある程度予想が付いていた言葉だ。外れないことが多少癪であるが、だからこそこのアンバランスな人間が存在するのだろうとも思った。

 そのまま出て行こうとした幸村の単の裾を引っ張った。

「!!何を……」

 倒れこんできた幸村の体を腕の中に閉じ込める。諦めたようなため息をついただけで、幸村は一切抵抗しなかった。艶のあるため息が期待を教えてくれる。政宗はまた、嗤った。
 幸村は政宗に囚われている。隠しようもなく熱いため息、娼婦に似た仕草。未分化の状態に等しかった彼は、政宗の手により道を迷っている。陳腐な台詞をその耳元に囁きかければ、どんな反応が返ってくるのだろうか。

 だが政宗は知っている。幸村の心は自分にはない。彼の心の根本的な部分は、彼が仕えているあの男の元にある。幸村本人も気付いてはいないのだろう。
 政宗は自分の欲の深さを知っていた。普段は色々な仮面の下に押し込んで、出すのはその残滓だけだったのだけれども。こんな、本能のままに行う行為の後では押し込めるなんてことは出来ない。腕と足を切り落として自由を奪い、爪を一枚ずつ剥がして自分のものに。声帯を抉り出して声を奪い、瞳を抉り出してその視界全てを奪い取りたい。ただの窪みとなった眼窩に溜まる血が政宗を映し出せば、そこでようやく自分は息をつけるのだろう。

 他人事のように自分を分析した政宗は、自分を嘲笑う。

 今が永遠に続くとは思っていない。だが現に、幸村の体だけを目的に長く逗留してしまっている。続かないと知っていながら、どうして刹那だけを求めているのだろうか。
 政宗は幸村を立たせた。出て行くように、と手で指示する。幸村は何の表情も見せずに、それに従った。

 使い古された、あらゆる恋をする人たちが一度は呟いただろう言葉が、政宗の脳裏を走りぬける。

「違う出会い方をすれば、俺達は幸せになれたのか?」

 幸せ、なんて陳腐な言葉だろう、そう思う。だが、政宗とて幸せになりたくないわけではない。ただ、その方法が、すでにあやふやとなっているだけで、そしてその幸せには幸村が必要だとわかっている。解っては、いる。

 それは果たして幸村の幸せでもあるのだろうか。

 すでに幸村の香りは消えている。残り香一つ残さない伽役の、空気のような透明さに息をついた。
 欲が深い。相手の全てを手に入れなければ、満足できない。閉じた障子に手を伸べる。そこには月光が作り上げた陰だけが存在し、誰かのぬくもりで作られる影はない。




 

筆頭は寂しい人。幸村さんは脆い人。まだ続きます。