※監禁系っちゃ監禁系ですがラブラブ。

「Shine on you crazy Diamond」


 気が狂いそうなほど体中が悦んでいる。鼓動は早鐘を打ち、脳内麻薬は世界を輝かせていくくらい大量に与えられて、ああきっとこれは異常なんだろうなと冷静な自分を薄れさせた。

 相手は険しい顔だがその瞳は自分と同じように爛々と輝いている。

 もどかしい。これ以上ないほど最高な気分だった。言葉では追いつかない、きっと曖昧な思考領域でしか説明できない、説明しようとすれば陳腐な台詞に墜ちていく。カラフルに覆いつくされた視界はいつもの数倍鮮やかに焼き切れ、コマ送りで物事が進んでいく。自分と等しく時間を共有しているのは、彼だけ。
 相手の全ての行動が手に取るように理解できる。だから自分は相手と下らないがそれ故に愉悦を運ぶダンスを踊る。全てが希望通りに進んで、二人は戦場で踊り狂うのだ。一手も狂うことない、情動に支配されながらもそれは論理を体現した。

 それがダンスだと理解できている人間はきっとごく僅か。そして、それが理解できる連中の中に二人を止めようと思うマトモな人間は一人も居ない。
 ダンスを踊れる相手を見つけられる事は非常に珍しいことだからだ。あるいは、マトモじゃないからこそダンスを踊ろうと考えるのかもしれないのだが。どっちにしろ、理解しているならば邪魔をすることはない。合いの手を入れることは、あるが。痺れるような陶酔感、体中から湧き上がる満足、薬よりも確実に、心を病ませていく。

 マトモでいることは贅沢だ。それと同じくらい狂い続けていられるのも贅沢だ。なら、自分はどちら?

 さあ、タンゴのリズムに乗ってステップを更に激しく。右の手を貴方の腰に回して、優しく接吻を強請ろう。左手で貴方の手を掴んでリードしてあげよう。踊るのはさして難しくない、二人の呼吸はぴったりなのだから。相手の足を踏むことも、痛い思いをさせることもない。終焉は情緒の欠片すらない撤退の鉦の音か、どちらかの――鼓動が――止まることだ。それはきっと夢を見るように美しく、爽やかなものだろう。

 ひらりひらりと舞う相手は唇の端に歓喜を、目の端に艶を引いている。ちらりと流す目は緋色を纏って妖しく輝いていた。
 ゆっくり動いた唇は、自分だけを陥落させる蛇の動き。這うそれに似て官能的な疼きが、彼を求めさせる。

「Yes、俺だってそうだ」

 相手は応えに唇を引いた。

 嫣然とまるで娼婦のような、その笑顔。死と恍惚は良く似ている。その狭間にいる自分達は、まるで体を重ねているような錯覚を覚える。本当に相手を褥の上で愛しんでも、この戦場と同じ高揚が得られるのだろう。

 想像するだけで快感が体をおかしくした。それでも乱れないダンス。
 掠めた炎に微笑で返し、一言、彼に問いかける。
 相手はその言葉に、困ったように笑い、しかし、また笑い。

 最後に、目を伏せて頷いた。

 いつまでも踊っていたいのなら、残念ながらこの方法は適していない。だったら、最も良い方法を探すまでだ。
 ――狂っている。僅かな理性の言葉は聞き入れられなかった。





 どことも知れぬ孤島で海猫が鳴いている。美しい断崖絶壁に囲まれ、沢山の島が海に浮いていた。その中のひとつ、中程度の島の洞穴。草叢と灌木で巧みに隠された入口は、立ち入る人を拒んでいる。

 中に這入れば洞穴とは思えないほど、豪華に、豪奢に、部屋部屋が造られていた。
 軽く二十畳はあるだろう。金箔を張った黒檀で作られた上がり框の先は檜の床、栴檀の床柱と、贅を尽くしていた。襖に描かれているのは平家物語の壇ノ浦だ。入水していく幼子が、無邪気に水を見つめている、その襖の奥の部屋は倍広い。約四十畳ほどの広さがあった。

 だが入った瞬間に目に付くのは、這入って部屋の三畳ほど先にある、朱塗りの木製の格子だ。豪華な調度品が整えられ、奥にももう一部屋ある様子なので生活する分には一切困らないだろう。だがそれは座敷牢。美しすぎる牢獄だった。

「…………待ち草臥れた」
「Oh honey、悪かった。撒くのに少し時間がかかっちまってな」

 高価な晴れ着の飾られた壁に背中を預けた幸村は、唇を尖らせていた。淫蕩な空気が漂うこの場所でも、どこか清涼な焔に身を包まれている。
 朱色と鴇色と黄金の洪水、そんな部屋の中にあって周りから浮くでもなく、溶け合うでもなく、個を主張しながら部屋の調和を崩していない。部屋も幸村を輝かせ、幸村が居ることで部屋も完全となる。

 きっと、幸村が本気を出したならこんな格子は簡単に破れてしまうだろう。だが彼は大人しく格子の向こうで待っていた。
 鉄で出来た重い鍵を取り出す。小さく取り付けられた扉の鍵穴に差し込むと重い音のするそれを開いた。
 海猫が哀しい泣き声をまた、上げた。蝶番の軋む音に重なり消えていく。手を延ばしたのはどちらが先か、求める声も、どちらが先か。潮風が二人の間を吹き抜ける。崖に張り付く松の枝は、二人を拘束して歪んだ世界を留めていた。

 狂人なのだろうか。何度か、政宗は自分で自分に問いかけていた。自分は狂っているのだろうか、幸村は?
 解っているのは、本当に僅かなことだけである。

 大抵はそうだ。解らないことより解っていることのほうが多い人間など、そうはいない。そしてまた、満ち足りた人間もこの世には少ない。
 それならば、今この瞬間だけでも満ち足りている自分達は誰よりも幸せで、誰よりも素敵だろう。

「幸村」
「政宗……殿」

 魂から溶け合う感覚、元素となって混ぜ合わされている、大気を切り裂く稲妻と大地を灰に帰す火焔、龍と鳳凰のダンス。
 段々と境目が消滅していくのを政宗は感じていた。

 自分と幸村の境目は僅かにしか残っておらず、どちらがどちらなのか、そんなことすらどうでも良くなってくる。湿った音が脳髄に響いて、骨を反響し拡散していくのだ。快感をもたらす相手のことしか解らなくなり、世界はお互いへと固定される。能動的な様でいて受動的なその行為に、二人は没頭する。

 昼も夜もなく、ただ互いを求め続けて、それは愛なのだろうか?
 確信は二つだけだ。狂うほど輝いている相手は、自分のためにこの世界に生まれてきたのだということ。その体も心も何もかも、政宗にフィットする。

 そして、政宗も幸村のためにこの世界に生まれてきたということ。
 求め合うために生まれてきた二人が求め合うのは、二人が生きているのと同じくらい当然のことなのだ。

 愛ではない。
 ただの、必然。




こう……二人は基地の外!みたいな。いつか続きを書きたい。